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中欧四都めぐり その1 2014.8.30〜9.4

ツインズのお世話もめどが立ったので,Fさんが昔から希望していた中欧諸国を旅することにした。

4月に行われた「ラフォルジュルネ新潟2014」のテーマは,”三都物語ウィーン・プラハ・ブダペスト〜ドナウとモルダウの間で〜”であった。




ちょうど新潟日報旅行センター主催の「〜美しき中世の街並みと香り高い文化の都へ〜中欧四都めぐり」という広告が目に入った。新潟空港から添乗員付きで全食事つきお任せ旅行である。過去の職業トラウマから,集団行動が嫌いなKではあったが,「4か国も廻るのだから仕方ないか」ということで,今回は,「下見」というつもりで旅行社に電話した。

「はい,最少催行人数は12名ですが,現在10名様の予約が入っております。お客様お2人で参加されますと催行決定かと存じます。」
そうか,ほかの10名様のためにも参加するかということになった。


2014年8月30日(土)

7時45分,旅行カウンターに到着し,手続きをした。
K「本日は,何名様での出発となりますか。」
添乗員「12名様でございます。」
K「少ない人数でよかったですわ。」
添乗員「まあそうなんですけど,会社としては困るんですよ。」
見た目よりも,正直そうな女性ベテラン添乗員である。

大韓航空機KE764 B737−900 (HL8223)は,定刻よりも5分ほど早く川側から離陸した。途中ほとんど揺れもなく飛行した。仁川空港10ほど早く北側から着陸した。
仁川空港では,約1時間ほどの乗り換え時間であった。

大韓航空機KE935 B747−400 (HL7694)は,久々のジャンボ機だった。日本ではすでに引退済みである。ほぼ満席状態で,定刻よりも30分ほど遅れて南側から離陸した。

まっすぐ進むと北朝鮮領空に侵入するので,左に大きく旋回する。大連のあたりから北上し,モンゴルを通らずチェコに向かう。



バイカル湖上空で多少の揺れがあり,2回ほどシートベルトサインが点灯した。食事2回,噂の映画「グランド・ブダペスト・ホテル」を観たりして,11時間近くを過ごした。定刻16:50ヴァーツラフ・ハヴェル・プラハ国際空港に西側から着陸した。


 空港に降り立ち,バスに乗ろうとすると,二つのスーツケースがそのまま置いてあるではないか。何と,同行の高齢男性二人連れKさんたちのものらしい。おっと,大丈夫かなあの二人。

30分ほどでプラハ郊外の「ホテル・バルセロ・プラハ」に到着し,チェックインをした。まだ18時頃なので,外は明るい。



ホテル脇のガソリンスタンド併設の売店で,水やお菓子などを購入した。チェコは通貨チェココルナであるが,ユーロも大体使えるようである。このあたりでは,コンビニはないが,ガソリンスタンドに売店が併設されており,それがコンビニのような役割を担っている。日本のコンビニよりも狭いが,カー用品を販売していることが特徴であろうか。高速道路のパーキングなどもほぼ同様であった。

ホテルから10分ほど歩いて,地下鉄駅に行ってみた。20分ほどでチェコの中心部に行けそうであるが,残念ながらチェココルナがない。両替も面倒なので,そのまま歩いてホテルに戻った。車はほとんど「CZ」ナンバーをつけていた。



現地時間は19時過ぎだが,日本時間は,夜中の2時過ぎである。外は明るいが眠ることにした。



8月31日(日)

6時30分に朝食会場へ。朝食はビュッフェで,ハム・ソーセージ・チーズの種類は多いが,野菜が少ない。あるのは極太のきゅうりくらいか。ソーセージは,本当においしかった。そのほか特徴なし。

バスに3時間ほど乗って,チェスキークルムロフに向かう。途中1回休憩があった。幸いなことに,ここのトイレは,無料であった。

チェスキークルムロフは,小高い丘に囲まれ,曲がりくねったブルダバ川のほとりに立つ小さな町である。14から16世紀に建てられた街並みがほぼそのままに保存されている。赤茶けた瓦と石の壁の家々が,これぞ中世のヨーロッパという姿を見せている。本当に美しい。



20分ほど自由時間があったので,エゴン・シーレの美術館に行った。中に入る時間はなかったので,ミュージアムショップでMOMO へのお土産を購入した。
ここで初めての昼食となった。昼食は,スープ・ワンプレートの料理・デザート(または,コーヒー・紅茶など)という三点セット+パンであった。この後すべての昼食夕食がこのパターンである。お安いお任せツアーなので,文句も言えないか。ということで,本日の昼食のメインデッシュは,鱒の蒸し焼き一匹とポテト。もちろん別料金のピルスナービールとともに。鱒はさっぱり味がしない。持参の醤油をかけていたオヤジもいた。ポテトは食べても食べても少しも減らない。素材の味を生かしているというよりも,味付けをしていないというのが正解か。ということで,半分ほどを残した。

昼食後,旧市街や聖ビート教会などを見学していたら,にわか雨。ここでも30分休憩ということで,床屋橋脇のオープンカフェでジンジャーエールを飲んで様子を見た。あたりからは,手回しオルガン風の音楽が雰囲気を作っている。Fさんがカメラを向けると,ノーと手を広げて断られた。チップをあげないのに,正面から堂々と写真を撮ろうとするからだよ。



 高台に作られたチェスキークルムロフ城を見学した。部屋の中は小ぶりながらも豪華なものであった。城の中の高い位置から街を眺めた。本当に絵本のように美しい。





ここから4時間,途中リンツを経由してウィーンへと向かう。ガソリンスタンドと売店を併設したパーキングで,トイレ休憩。1回あたり50セント。この50セントが商品券となる。トイレに行くたびに,二人で1ユーロずつ使うことになる。しかし,結局1ユーロの商品券に化けるため,もったいないから売店で何かを買うことになる。こうして,1ユーロ以上のお金を払うことになる。まあ,無料の高速道路だから仕方がないけど,商品販売促進施策としては,うまくできている。


こうして,小雨の降る肌寒いウィーンに夕刻到着した。夕食のレストランは,「カフェ・シェーンブルン」・・・何だか,「喫茶大阪城」のような名前で,如何なものかという感じであった。



メインディッシュは,ポークシュニッツェル。早い話が,薄く大きなとんかつ。白ワインとともに頂いた。それにしても大きすぎて,食べきれない。



ここで新たな事実が判明した。同行の一組のご夫婦は,TOMOKO叔母様の親友M林先生とご親戚とか。今は亡きTOMOKO叔母様のお導きによるウィーンでの出会いであった。


本日のお宿は,ウィーン郊外の「ホテル・アイロタワー」。ここは,郊外も郊外。ガソリンスタンド併設売店も見えない。目の前には,貨物駅があるだけ。その向こうに小さな集落と広大な農地が広がる。その小さな集落にもライトアップされた小さな教会があった。大型バスで訪れる外国人観光客向けの,せめてもの「おもてなし」であろう。




つづく

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