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涙の勝ち越し 豊山



【2日目 勝ち名乗りを受けた後の豊山】




 十両に落ちた豊山だったが、ここでも一勝を上げるのは、そう簡単なことではなかった。
 今場所10勝すれば、幕の内に復帰できるはずだったが、千秋楽でようやく勝ち越したという、予想できない状況だった。
 

 同期で、自他ともライバルと認める朝乃山が、ひょんなことから優勝してしまった。
 このことについては、取組編成が後手後手に回った審判部の不祥事だと考えているが、それについては、おいておくことにする。ただし、朝乃山が優勝した事実は間違いないし、朝乃山には何の非もなく、確実に力をつけてきている。
 

 さて、初めて7勝7敗で千秋楽を迎える豊山の心情は、いかがだっただろう。その日に朝乃山が初優勝を果たしているのである。苦しい一晩を過ごしたに違いない。



 豊山は、昨年の名古屋場所で、大躍進を果たした。優勝した御嶽海(13勝2敗)を千秋楽に倒し、12勝3敗で終えていた。実は、この12勝3敗は、今場所優勝した朝乃山と同じ成績だったのである。

 この場所敢闘賞を受賞し、翌、秋場所には、東前頭2枚目に躍進した。ここで、3勝10敗2休と、大負けを喫すことになる。

 その二日目、豊山は栃ノ心と対戦した。もう一歩のところで、栃ノ心に敗れた。その栃ノ心が取組後語ったことがある。「豊山は、優しいね。もっと厳しくのど輪攻めや顔を張るぐらいじゃないと。」


 そう、豊山は、本当に優しさが相撲に出てしまうのである。その秋場所から4場所連続負け越しで、十両にまで落ちていた。この間に色々な怪我があったことも事実である。しかし、それよりも気持ちの弱さが負けを呼んでいたとも言えるだろう。



 令和元年5月場所の千秋楽。対戦相手は、老練安美錦。Kの予想では、安美錦が、右張り差しで右下手を取り、そのまま下手投げか叩き込みという道筋だ。それを防ぐために、豊山は、距離をとりながらもろ手突きをして、回しを取られないように気をつけながら、押し出すしかないだろうと考えていた。


 さて、立ち合い。豊山は、右手を突き、左手を絞ってあてがった。案の定、安美錦は、右手張り差しでくるが、左を固めた豊山は差されることはなかった。あとは、突き合いだったが、ひるまず攻め立てた。こうして、極限状態で勝ち越したのである。



【新潟日報 2019.5.27朝刊より】




 次の力士に力水をつけた後、豊山は思わず涙を流してしまった。解説者は、「力士は涙を流してはいけない。」と、厳しい指摘があった。確かにそうだろう。そんなところで泣く場合か、たかが十両で勝ち越したぐらいで、ということである。



 この涙には、苦しんだここ5場所のすべてがあったように思う。そして、極限状態で迎えた前日からの苦しみから解放された瞬間だったのである。


 花道を下がってからのリポートがあった。そのレポーターは、元新潟放送局所属の沢田石和樹アナウンサーだった。沢田石アナウンサーといえば、どんどん力をつけてきたころの豊山について、ローカル放送で分かりやすく解説していたものである。さすが旧知の沢田石アナウンサー、豊山の心情をしっかりと聞き出し、あたたかい言葉で紹介してくれた。



 「いいじゃないか豊山。この涙こそ豊山の熱い魂のすべてがこもったものだったのだ。この涙が次の力になるに違いない。」

 Kは、すがすがしい気持ちで、豊山に大きな拍手を送った。


 がんばれ、我らの心優しい豊山。

 そして、あたたかいレポートをしてくれた沢田石アナウンサー、ありがとう。




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